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視ることを拒否できるか?(ネタバレ)2011/05/25

人間が視ているものが実際に存在するかどうかを問うたのはウィトゲンシュタインだったと記憶していますが,見えるものが存在すると思ってしまうのが映画のトラップでもある。「ルック・スーパー」は衝撃の前作「ルック」ほどのインパクトはありません。「視る」と「のぞく」は違うので,この場合はのぞき趣味が前面に出て,人間の本質を暴くというよりは,視なくてよいものを視てしまった嫌悪感みたいのものが伝わります。ここまで人間の醜い裏側を見せられるとつらいものがあります。前作同様,実際には存在しない架空の映像なので,登場するキャラクターに作った感があります。唯一おもしろいのはコンビニ(英語でもコンビニと言っていた)の店員で,これで首にならないのが不思議です。なんだか「アンダルシアの犬」の冒頭シーンを思い出してしまいました。視ることをやめたくなる映画です。
さて,ついでにREDを鑑賞しました。ブルース・ウィリスのおじさんアクションものです。モーガン・フリーマンの衰えに驚きました。マルコビッチがとてもおもしろいので一見の価値はあり。荒唐無稽なところが演出通り絵本のような映画です。
次,SP野望編がおもしろかったので,テレビシリーズのIからIVまで鑑賞。とくにIVの舞台となる「埼玉県立大学」が印象的。1999年全盛期の最後を飾る山本理顕の作品。立体の幾何学がとってもかっこいいと思いますが,どうしても廃墟感,砂漠感が伴うのはなぜでしょう?ヴィドラーが引用するスミッソンの言葉を思い出しました。「今日の多くの芸術家にとって,この砂漠とは未来の都市のことである。それはゼロの構造物や表象から成り立っている。」ゼロの表象とは,日本人には「空」に近いでしょうか。そこには,人間を否定する何かが存在します。学校という空間が何らかの意図で人間をコントロールしようとするとき,そこには空(ヴォイドではありません)が産まれるのかも・・・ヴォイドは真空だけど,このゼロは中立というか,デ・キリコの形而上絵画を思い出します。このゼロの表象と,平田満演じる服役囚の暗い殺意がとてもあいます。しかし学校建築というのは,どうしていつも冷たい空間になるのでしょうか?
最後にERの最終回2時間スペシャルも視ました。アメリカのTVドラマシリーズで最初にはまったのがこれでした。かのジョージ・クルーニーもこれで一躍スターになった人間ドラマ,最終シリーズは彼もふくめてこれまで人気俳優がほとんどすべて登場します。やはり,グリーン先生がもっとも人気があるのではないでしょうか?彼が最後の患者を診る回の「空に輝くオリオン」は名作だと思います。アメリカのテレビドラマって人間の描き方がすばらしく,日本のドラマのようにステレオタイプになっていません。また,カメラワークがとても映画的で,日本のように,どっしり据えたカメラがズームイン・アウトだけで役者を追うのではなく,カメラ自身が動き回ります。また,社会問題を堂々と問うのもアメリカ流です,日本のように,誰かと誰かがくっついたり離れたりという単純なものはほとんどありません。同性愛の問題,障害者の問題,離婚の問題,あるいは医療の問題をそれに寄り添って生きる医者,患者を通じて見事に描いています。グリーン先生の後を継いだ主役のカーター先生(今はライブラリアンとかいう,インディ・ジョーンズとハムナプトラを足して2で割ったような映画の主演)が,グリーン先生の娘(医者志望)に手技を教えるところが夢があります。最後はシーズン15ということですが,日本にはこんなに続くドラマはサザエさんやドラえもんしかなく,ヒューマンドラマとはいえないところが寂しいですね。おそらく,日本のドラマは今後はじり貧でしょう・・・・

イタリアン・ホラーとアメリカン・ドリーム(ネタバレ)2011/05/19

イタリア映画のホラーの名作と言えば,「ゾンビ」と「サスペリア」があります。後者の監督ということで,ダリオ・アルジェントの「ジャーロ」を鑑賞。しかもエイドリアン・ブロディが主演ということでかなり期待しましたが,「古さ」が否めない残念な作品でした。古き善きイタリア映画の伝統をしっかり踏襲し,「合理性」,「科学性」,「法律」よりも「人間の判断」が優先するという,あまりにもイタリア的な映画でした。地下で一人,猟奇的連続殺人犯を追う刑事が,失踪したモデルの姉と一緒に犯人を追うという設定があまりにもイタリア的です。そして,検視もなければ,聞き込みもしない・・・いったいどうなってるの?痛さだけが伝わる映画でした。ちなみにジャーロはイタリア語で「黄色い」という意味ですが,発音は「ジャッロ」だと思います。余談,トリノの街が舞台ですが,トリノはフランスの影響を受けた新古典主義的な町並みと,碁盤の目の道路,そしてポーティコが美しい街です。とくに中心市街地は,歩道が無く,道路から生えたようにビルが並ぶのが印象的で,道路の石畳とビルの石積みが連続的に見えます。また,中心の広場はだだっ広く,ヒューマンスケールに乏しいのも何となく表現されてました。とにかく何でも角張った街なのです。ちなみにサンロレンツォ教会がチラッと映ってました。
つぎに,ウッディ・アレンの「人生万歳」,これはオススメの映画です。私は基本的には,監督や脚本家が伝えたいことを役者にいわせるのはNGなのですが(映像で表現すべき),ウッディ・アレンの場合だけ,それは許されます。つまり,彼独特の表現,役者が観客に話しかける構図がとられているからです。これは,「カイロの紫のバラ」でも使われていて(ミア・ファローって今どうしてるんだろう),演者と観客が同じ空間を共有するシチュエーションです。今回もがっつりいいたいことをいわせてました。「うまくいくなら何でもあり」です。そう「何でもあり」というのが彼のコンセプトでした。唐突ですが,これに対置するのが「これでいいのだ!!」というコンセプト(赤塚不二夫)で,ミラー(鏡像)のような関係です。帰結としての「これでいいのだ」は,とても現象学的なのですが,目的としての「これでいいのだ」は,短絡的で何かが捨象されています。ウッディ・アレンの描く「何でもあり」は目的はなく,帰結なので,これまたとても現象学的でした。「何でもあり」を目的にすると陳腐以外の何物でもないので,やっぱりこの映画のもつ「自然体」がとってもこの映画を哲学的(本来的)にしています。ここに本当の「自由」があるような気がするのは私だけでしょうか?なお,主人公が最初に離婚した妻(つまり真っ先に否定される人種)は,「建築家」なのでした。建築家が「何でもあり」で「これでいいのだ」といってしまうと,とってもエキサイティングですが,ほとんどの建築家は建築自体が目的なので,やっぱり最初に「自由」「自然」からは疎外されてしまうのでしょうね・・・。

今年最高にイライラする映画とチャンバラと誰もいないロンドン(ネタバレ)2011/05/15

まず、最初にスプライス(結合)という映画、「CUBE」の監督ということでやや期待しましたが、これほどイライラさせられるとは!生命倫理というよりも善と悪という基本的な部分で、まともな判断のできない主人公たちにはイライラするばかりです。善悪の区別のつかない天才がいるとして、それが描かれるなら現実味もありますが、主人公は決して天才ではなく、なにやら頭が悪そうなのです。たしか、アメリカでも期待のわりに興行成績が伸びていなかったようですが、当然といえば当然の出来映え・・・しかも、創り出された生物がどんどん変態してくのも脚本家に生物学の知識がないのか?と思わせるほどファンタジーで、これはホラーなのか、サスペンスなのか、SFなのか、たぶん全部違う何かなのでした。
それに対して、「13人の刺客」は出色の出来映え。リメイクですが、稲垣吾郎の演技がとてもネットリとして、狂気も帯びた表情はすばらしい。最後はちょっと「子供」になってしまったけど、とても見応えはありました。脇を固める役者も演技が安定していて、安心してみられる作品です。この映画、後半の黒沢に影響されたチャンバラもよいですが、前半の暗い、妖気を漂わせる映像もよいです。とくに、役者を照らすライティングが出色。逆光なども含めて何種類も違うライトの中に、ろうそくの揺らめきもあり、なかなかの凝りようです。そこに映る、山田孝之、役所広司の濃い顔が映えます。日本映画の王道です。市村正親の滑舌もとてもよく、最近のもごもごした台詞回しの俳優とはちがって芝居じみているところが安心感を与えてます。「男の死に場所」はチャンバラ映画、任侠映画の永遠のテーマです。ちょっと待つ女が弱かったけど・・・おすすめの一本です。
最後に、「ラスト・セブン」、これは一種のおとぎ話ですね。時間が止まったロンドンの様子は一見の価値ありですが、「光と闇」の暗喩は伝わってきません。ロンドンがどう見ても早朝なので、闇の部分が弱いですね(まあ、物理的に無理でしょうが)。また、ゾンビ映画を彷彿とさせる演出はいただけません(全く関係ないので)。青い光というのは聖なる光を象徴しているはずですが、これもちょっと安っぽい。死神が少女を救うというオチについても、その動機がいまいちはっきりしません。単にかわいいから?ちょっと退屈な映画でした。もっと上手に作れそうなのに・・・と感じる残念な映画でした。ロンドンはやっぱり夕暮れですね。

ミッドナイト・ミート・トレインとフリンジ(ネタバレ)2011/05/12
まだまだB級映画です。ミッドナイト・ミート・トレインは北村龍平監督のB級ホラー,いわゆるシチュエーションを怖がるタイプです。地下鉄に人肉がつり下げられている,その傍らで人肉を処理しているという画を作りたいためにすべてができあがっています。原作の小説は知りませんが,ホラーでは一般的なタイプ。あとは監督の腕次第でしょうか?ニューヨークの地下鉄の表現はステンレスの質感,一昔前の落書き,タイル,ゴミというヒューマンな感じではなく,いわゆる工場の鈍い輝きがあります。これがとってもよくて,人間が異物に感じるのです。主人公のカメラマンという設定がおもしろく,都市の狂気が写真に納められ,殺人犯もカメラの中で異常な目力で迫ります。このカメラを通した都市の狂気の描写がもっとほしかった。前半は,なかなかのB級感と,主人公の恋人の「普通さ」が,逆に異常を演出しています。ただし,後半は完全に読めました。ちょっと前振りすぎでは?地下鉄はホラーよりもアクションの場所なので,北村龍平監督の手腕を期待したのですが・・・,アクションが弱く,最後はとっても日本的な「地獄」絵巻が登場するのでした・・・・うーん, 付け足しでブルック・シールズが出てたのでとっても驚きました!
次にフリンジをセカンドシーズンまで見ました。これもいわばB級SFですが,キャラ設定がすてきです。天才科学者のウォルターのキャラは最高です。最終回では,彼はすでにケンタッキーのスパイスの秘密を1989年に発見していたそうです(スポンサーにKFCが入っている)。また,元同僚のベル博士にスタートレックのスポックでおなじみレナード・ニモイが登場してます。謎解きではなく,奇抜な事件,現象を,なんとなく科学的に説明してしまうエセ説得力が最高です。先端科学が人々の理解を超えていくとき(最近は難しくて,最先端のことはわかりません),フリンジ的な世界が出現するのです。1970年代に科学の限界が語られた頃,UFOや心霊写真が流行って,少年の私もはまった記憶があります。2010年代は,科学の限界ではなく,人間の理解の限界なのですね!伝染するがん細胞,脳から記憶を取り出す,人間を超能力者にする薬など,とっても夢??(というより悪夢)があります。シーズン3が楽しみです。
B級映画の楽しみ(ネタバレ)2011/05/06
ゴールデンウィークは,レンタルビデオ屋さんも忙しいので旧作もふくめてB級映画を借ります。
古いもので見ていなかったのは「虚栄のかがり火」,ブルース・ウィリスとトムハンクスが今とはまったく違うキャラで登場しています。ボンボンで見栄っ張りの株式トレーダー(トム)と酒におぼれた落ち目の新聞記者(ブルース)が出会ってできあがるウィン・ウィンのストーリーです。ある意味でこうした出会い系の映画は,ハッピーエンドと決まっています。つぎに,「逆転法廷」これは,ロイ・シャイダー(もう他界しましたが,ジョーズの主役のサメに立ち向かう警官)が脇役で登場する。裁判をテレビで中継して,視聴者アンケートで判決と決めるとってもB級な設定!これは,司法の死だとか,この番組は俺のものだとか,言いたいことを役者に言わせてしまうのは考えもの?原題がcitizen verdictでしたが,アメリカではメディアがいかに信用されていないかを痛切に感じます。日本人もメディアを信じるのはやめたほうがよいかも。さて,「スコア」,これはオススメの泥棒映画,犯罪映画としてみると失敗ですが,これはルパン三世系の怪盗ものです。ロバート・デ・ニーロが扮する金庫破りがエドワード・ノートン扮する若者が持ち込んだヤマ(スコア)に挑む映画です。裏切りは当然の結果として,やはりロバート・デ・ニーロの演技が光ります。なお,舞台はモントリオールで,フランス文化を感じるカッチリした町並みと,ジャズがよく似合う都会です。怪盗ものには都市的な背景がよく合います。これをみて思い出したのが,スティーブ・マックィーンの「ゲッタ・ウェイ」です。これは,犯罪ものとしては世界ではじめて強盗犯が逃げるという結末の映画ですが,見事に逃亡犯の危うい姿が,埃っぽいアメリカ西部に合います。犯罪ものと怪盗ものって紙一重ですね。エドワード・ノートンは,駄作だった「ストーン」(同じくロバート・デ・ニーロ登場ですが,駄作はミラ・ジョボビッチのせいだけど)にもでてましたが,やっぱりリチャード・ギアと共演した「真実の行方」の多重人格的な怖さを引きずってます。さて,次は「ザ・ゲーム」,マイケル・ダグラスではなく,原題をeven moneyというマーク・ライデル監督(最後,登場)の説教じみた映画です。といっても,反面教師を繰り出してくるので,それなりに楽しめますが・・・フォレスト・ウィッテカーやダニー・デヴィートなどの名優が登場しているのにB級感がたまりません。「賭け事はダメです」(きっと,素人にはという意味で)というコンセプトながら,警官と賭博王がつながっているのがなんともアメリカ的!いい人はみんな死んで,悪いやつと偽善者が生き残ります。次に,ケビン・コスナーの「ネスト」,これは2008年の作品らしいが,ケビンの使っているマックが2003年くらいの代物で,低予算を物語る。とにかくB級感タップリです。それもそのはず,引っ越した家の敷地に先住民?という地底人の塚(巣)があり,なぜか男性のみのこの地底人は,女王蟻として,主人公の娘を洗脳するという,「逆転法廷」を上回る突飛な設定。地底人がなぜ数千年も同じことをできたのか?など,謎だらけ???その地底人の謎解きをしてくれるホワイト教授もまったく役立たず(何しにでてきたの?)。ホワイト教授のデスクに貼ってあるパルテノン神殿の写真やガラスケースのギリシャ喜劇のマスクが,笑いを誘います。地底人など,他の映画から引っ張ってきた設定もB級。今はまっている「フリンジ」というテレビドラマに,地底人の話があり,これは遺伝的に子供を産めない妻に遺伝子操作を行う生物学者が登場,胎児にサソリとモグラの遺伝子を組み込んだ結果,生まれたモンスター(でも父親は彼を愛している)は殺人を繰り返す・・・この設定のほうがとっても面白いのですが,無理を承知で作ったような「ネスト」でいした。最後に,「72時間」,デンマーク映画らしい。テンポが遅いので,最初入るのに苦労するが,コペンハーゲンの現代建築の美しさに惹かれて鑑賞。家具もやっぱり美しいですね。黒幕は予想できますが,主人公がスーパーマンでないところ(結構ドジで騙されやすい)がリアルでした。知的でなく,走る演技が多くて体育会系なのです。また拳銃があまりぶっ放されないのも新鮮でした。今日は,これで疲れました。明日はもう一本ホラーを見る予定です。

 

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