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彼女が消えた浜辺とトロン,そしてウォール・ストリート(マネーは眠らない),キャピタリズム(マネーは踊る),そして名作「プライドと偏見」(ネタバレ)2011/06/29

久しぶりのブログです。前回をみると20日前,そして見た映画は5本というやや少ないペース。仕事が忙しく,映画も見てられません。 彼女が消えた浜辺は,ベルリン映画祭の銀熊賞,期待してみましたが,盛り上がりはないものの,とても印象に残る作品です。イランの映画ですが,おそらくカスピ海の浜辺,乾いた砂漠を想像しがちですが,やや寒村のイメージの表現(オタク的にいえば,16ミリか何かを引き延ばして映画にした印象)。映像が粗い。ただし,主人公と思われる女性の押さえた演技はなかなか見物です。明らかな群像劇で,人間の本質を垣間見せるきっかけがいわゆる宗教的な戒律なのでした。決して戒律を否定している訳ではなく,淡々と不幸な女性の最後と,それに伴って起きるさざ波のような諍いを描いています。なぜか不幸になるのは女性ばかりなのですね・・・
さて,次はトロン・レガシー,ブログのどこかで言った記憶がありますが,世界で最初のCGをつかった(空間をグリッドで表現した,テレビゲーム的映像)作品の続編。ジェフ・ブリッジスと息子が完全にヨーダとルークと同じ関係(師弟関係)になっていて,敵はお父さんのコピー(このCGがすごい。若いジェフ・ブリッジスそのものだ)。最後は予想可能な父子の物語です。悪役に迫力なし!
次は,正反対の副題を持つ映画,これは対として見るとおもしろいかも,ただし,ウォール・ストリートは駄作。オリバー・ストーンどうした?唯一おもしろかったのが都市の映像表現。都市そのものが虚構であることを余すことなく表現していますが,ちょっとアニメチックかも・・・チャーリー・シーンが登場したのが懐かしかった。これは,父娘の物語。金は要らないのか要るのか最後まではっきりしない。社会派を気取った家族の物語でした。
一方,チャールズ・ムーアのキャピタリズムは切れ味さわやか。あまりにも一方的な主張に感情を移入してしまいます。彼のTシャツ,スニーカー,帽子はいつも思いますが,計算されたコスチュームです。この庶民派正義感はとても鼻につきますが,映画はとてもおもしろい。つまり,観客を怒らせておいて,チャールズが観客に代わって成敗する(ただし危害は加えませんが,突撃する)という構図。資本主義をキリスト教に反する行為としてばっさり切るのでした。
最後に,心温まる名画「プライドと偏見」を久しぶりに鑑賞。少女の頃のキーラ・ナイトレイが出演してます。5年くらい前の映画でしょうか?映像が美しい。この没落貴族の家庭がなぜこんなにイングランドの田舎で輝くのかは映像の力でしょう。イギリスに暮らした者は,この美しさがよくわかります。英国におけるジェントルマンを地でいく男優はマシュー・マクファディン(そういえば大聖堂という映画を見なくては!)。でも一番よいのはドナルド・サザーランド(24のジャックの実のお父さん)。この金は無いが,父親の理想を行く男は,主人公のもっともよき理解者である。こうした台詞がいえるお父さんはいいと思います。くっついたり離れたりという恋愛映画としてみるよりも,イギリスの風景とメンタルを実感できる映画です。ご覧あれ。

パイレーツと沈黙(ネタバレ)2011/06/09
忙しい合間をぬって,レイトショーにてパイレーツ・オブ・カリビアン3Dを鑑賞。さすがに,食傷気味か?ストーリーが一本調子で,目的地に向かって突き進む海賊たちは,なにやらロードムービーのよう。登場人物たちも,これまでとは大半が入れ替わっているため,別のお話といった趣です。最強の海賊も,悪人度は強いけど,手強さがイマイチだ。唯一おもしろかったのは,18世紀半ばと思われるロンドンの光景。ジョージ2世が登場するので間違いない。国旗もユニオンフラッグだ。セントポール大聖堂が竣工して半世紀くらいで,トラファルガー広場は無い。道路は未舗装の土であるが,この真偽は定かでない。しかし,建築がやや新古典主義的でリージェントストリート(これも未だ無い)のようだ。しかし,当時,ギロチンが余興であったのは事実。一方,スペインの国王はとても聡明で,おそらくカルロス3世か?この王様はナポリとシチリアを支配していたので,ナポリのイタリア語にスペインなまりを持ち込んだ張本人です。ロケはハワイで行われたようで,後半は大自然アドベンチャー。人魚と宣教師の恋のサイドストーリーもありきたり。続編を宣言する特典映像(エンドロールの後)あり。
さて,もう一本は,「23年の沈黙」ドイツ語はDas Letzte Schweighen The ultimate silenceという感じ。これは撮影がとってもすばらしい。とくに引いたカメラアングルである。麦畑が強姦,殺人の舞台となるが,郊外に潜む狂気が発現する場所としてはピッタリ。沼に死体を遺棄するのは定番。ドイツ映画に共通する室内の少し曇ったガラスのような濁った透明感と,郊外と田園の切れのある映像の対比がすばらしい。赤い車と青い空,黄色い麦畑と緑の森はまるでゴッホの絵のようだ。ここに登場する人物はすべて病んでいる。偏執狂の退職警官,発作持ちの刑事は類型的だが,23年前に娘を殺された母親はむしろ娘の死によって破壊された人生のためか実は娘を恨んでいる。まともなのは,新たに殺された少女の両親であるが,母親は23年前の被害者の母親と同じ運命を辿りそうだ。犯人が管理人を務めるアパートは典型的な郊外型の集合住宅で,イギリスやドイツに多い広い敷地の中にそびえる中層のビルである。日本と違うのは,同じ世代が集まっているのではなく,子供や老人など多様な世代が暮らしている。その退屈な日常に潜む狂気が主題だ。実は重要な役割を果たす犯人と同じ趣味(少女性愛)をもつ男は建築家である。彼は,最初の殺人を目の当たりにして犯人から逃げるようにして去る。犯人は23年後に同じ殺人を起こすことによって,その男にメッセージを送るのだ(再び会いたい)。恐ろしい趣味を共有する男たちの沈黙がこの狂気を増幅させる。一方で,刑事たちの暗愚さが際立つ。妊婦の刑事が登場するが,これはその子供の将来が不安なものであることを母親の暗愚さ(人間としては優しい人だけれど)が示している。少女性愛の殺人犯を目の前にして,サーブされたクッキーとアイスティーをむさぼる妊婦の構図は下手な殺人のシーンよりもぞっとします。最後に,建築家の男の自宅は,とってもモダンな近代住宅で,コの字型の中庭で子供たちがあそぶシーンも父親が秘める狂気を増幅します。ウェイブという映画と同じで,近代建築の空間には「狂気」が潜むような気がするのは私だけでしょうか?
日本的な「悪人」とアメリカ的な「バーレスク」(ネタバレ)2011/06/04
最近、忙しくて映画を見る時間がとれませんでしたが、なんとか2本を鑑賞。
「悪人」は、記憶によれば深津絵里などが映画賞を受賞したようで、とっても「よくできた」映画です。舞台に福岡が入っていることもあり、親近感もありました。さて、この映画は「悪人」と「善人」の対比を際立たせた映画です。それは、親子、兄弟、友人という人間関係のなかで対比が描かれるので、とっても「悲しい」展開となっています。とくに樹木希林と柄本明の脇役陣がとってもいい演技をしていて、ほんとうの「悪人」はだれか?という隠れテーマをしっかり伝えています。柄本の「守るべきものがなさ過ぎる」とのつぶやきが印象的です。この「善」と「悪」という古典的すぎるテーマを「罪」と「罰」に重ね合わせていて、これもとっても古典的。つまり「できすぎ」の映画です。最後の五島の灯台も、なにやら象徴的です。妻夫木と深津が最初に出会い系サイトで盛り上がった話題も「灯台」でした。妻夫木の原体験にも灯台が登場します。また、灯台が最後の「希望」にもつながるような気がして、少しは救われます。罪とそれに対する罰という「業」が深く連関してるように思えました。都会の乾いた映像と漁村のウェットな質感、そして最後は五島の厳しい自然も対比的に描かれていました。大学教員のつぶやきとして、確かに最近の学生は「切り捨てる」ことが普通で、すこしがんばってみてうまくいかないと、すぐに切り捨てます。そして、最後には全部切り捨てて、何も残らない状態になってしまうことがあります。これでは引きこもるしかないのですが、やっぱり寄り添うとか、「最後の最後まで付き合う」(深津絵里のように)気持ちが大切な場合もありますね。
さて、「悪人」はとっても日本的な映画で、償いきれない罪のようなものを重く描いてますが、「バーレスク」(茶番劇という意味もあるらしい)は、対照的に明るくまったく罪のない映画。ミュージカル仕立てで、老いたシャー(やっぱり歌うまいよね)が懐かしかった。主人公のクリスティーナ・アギレラは、アイオワの田舎娘、7歳で母を失い、喫茶店のウェイトレス、でもショービジネスに興味があってロスを目指す。この設定がとってもアメリカ的!「悪人」の主人公と同じくらい不遇なのに、簡単に故郷をすてて自分の才能に賭ける。これがアメリカ(現実は大部分が失敗するんだろうけど、トライすることが大事なアメリカでは、日本のように故郷に縛られて自分を信じられない若者はあり得ない)。そして、例によって運命の人と出会って(これも「悪人」と同じ)、すこしピンチもあるけれど、結局はハッピーエンド。基本的に「悪人」の登場しない映画です。ちょっと悪いのは同僚のニッキだけど、クリスティーナ・アギレラはまったく相手にしない、むしろピンチをチャンスに変える。このニッキ、悪人度という点では、「悪人」の殺された少女とあまり程度の差はないのでは?と思います。ここに日本独特の「都会」と「田舎」がもつ超えられない断絶感というのがあって、都会で暮らす田舎娘の日米の違いを感じました。あーアメリカと日本の違いを痛感する2本でした。

 

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